パララバーツリーの林とゴムの収獲
Hevea brasiliensis
先日keikoさんのブログを紹介しましたが、ご覧いただけましたか?
今回からしばらくパラゴムちゃんこと、パララバーツリーのネタで行きます。
詳しいことはkeikoさんがしっかり調べて書いてくれているので、TOMは手持ちの写真をアップして連動していこうと思います。

まずはmiyomamaさんがマレーシアに旅行に行ったときに買ってきた絵葉書です。
何をしているところだと思いますか?
パラゴムちゃんからゴムを採集しているところです。
こんな風に少しずつ樹皮を少しずつ傷をつけてゴムを採集します。
元々は木を切り倒して収獲していたそうですが、こういう方法をとることによって、長い間収獲することが可能になったのだそうです。
この方法を生み出したいきさつなどはkeikoさんのブログでご覧ください。

こちらはマクリッチ自然保護区を歩いていた時に出会ったパラゴムちゃんの切り株。
スコールか何かで倒れて公園内の道を塞いでしまったので、管理事務所の人が木を切って道を修復しているところに出くわしたのです。
新鮮なパラゴムちゃんの切り株からは次から次へとゴムがしみ出してきていました。

こちらはタイのプーケットへ遊びに行ったときに象に乗りながら撮った写真。
シンガポールではもうすっかり見られなくなり、マレーシアでもアブラヤシに取って代わられたパラゴムちゃんのプランテーションがまだあちらにはありました。
その中を象に乗ってお散歩したのです。

よーくみていただくと、1本1本のパラゴムちゃんに小さなお皿がつけられて、ゴムを収獲している様子がわかると思います。
上の絵葉書のパラゴムちゃんは結構な太さがありましたが、こちらはせいぜい直径が10cmくらい。こんな大きさの時から収獲が出来るんですね。

こちらは上の写真のアップです。
象に揺られながら、古いカメラで撮ったので、ブレブレ。残念。ごめんなさい!
このときはプーケットから車で1時間のカオラックというリゾート地へ遊びに行ったのですが、カオラックへの道のりの両側にたくさん見られたのが、パラゴムちゃんのプランテーション。
そして、その中に白い洗濯物を干しているような民家の数々を見ました。
??
ありゃなんだ?
洗濯物じゃないのは明らかだけど、なんだかわからない…。
ガイドさんに聞いたら、収獲したゴムを伸ばして干しているのだということでした。
アブラヤシのプランテーションは大規模に行わないと収益が上がらない事業ですが、パラゴムちゃんのプランテーションは、小さめの畑で一家で細々と収獲して出荷することも出来るという話を聞いたことがあります。(つまり、アブラヤシでは安い賃金で使われる労働者が増えるだけだけど、パラゴムでは小さくても事業主であることができた…らしい)洗濯物のように民家の軒先に10枚くらいずつ干してあるゴムの原料を見て、妙に納得していたTOMでした。
でも残念なことに、民家の軒先のゴムは、車窓からはうまく撮影できるわけもなく、残念に思っていたら、miyomamaさんが、やっぱりマレーシアで買ってきた絵葉書にこんなんもあって、わーい!と喜んだTOM。

TOMが実際に見たのは、こんなに大量のゴムが干してある風景ではなくて、繰り返しだけど、民家の軒先に洗濯物のようにつるしてあった風景。
でも昔、ほんの数十年前、マレーシアでパラゴムちゃんのプランテーションが国の基幹産業の1つであったころには、国のあちらこちらでこんな風景が見られたのだろうなあと思います。
こうやって干されたゴムの原料はまとめられて、自動車産業が盛んだった先進諸国へと運ばれていきました。
天然ゴムは現在では石油などが原料の安いゴムに取って代わられましたが、飛行機の車輪など、耐久性が要求される現場では、今も役割を果たしているのだそうです。
次回からは葉っぱや花や見など、アップしていきます。
トウダイグサ科 Euphorbiace
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コメント
シンガポールにコンテナー・ポートの無かった時代、1970年代終わり頃まで、シンガポール河口近くのBoat Quay(現在はレストランが並ぶボーキーです)で、生ゴムを輸出するため、親船へ運ぶ小型運搬船への積み出し作業をしていました。マレーシア各地からはトラックで運んで来たものです。
のしたゴムは折りたたんだ毛布みたいだったけれど大変硫黄臭さかったです。原始的なゴム処理の一連の作業がよくわかったのは、カトリーヌ・ドヌーブ主演の古いフランス映画Indochineで、彼女がベトナムでパラゴム・プランテーションの女主人という設定で、ゴム処理作業の場面を見ました。
投稿: 熱帯樹 | 2007年11月11日 (日) 13時54分
2度のコメントで失礼します。
マレーシアでゴム・プランテーションの最盛期によくドライブしましたが、ゴムを干す光景を見たことがありません。マレーシアではイギリス人の効率的な農園経営が主体で、プランテーション自体、サイムダービーのような大企業による経営が多かったのです。マレーシアの隅々まで見たわけではありませんから、どこでどのような作業をしていたか知りませんが、マレーシアのゴム園は最初から人手不足で、南インドからの移民労働者に早朝のゴム集め作業をさせたくらいですから、ゴム加工まで個別にやるような労働力は無かったはずで、小規模なら採集した生ゴムを加工場へ持ち込んで売ったことでしょう。またマレー半島には、当時シンガポールに匹敵するような輸出港は存在していなかった為、シンガポールはあらゆる物資の一大集散港として大繁栄しました。
投稿: 熱帯樹 | 2007年11月11日 (日) 14時31分
熱帯樹さん
貴重な情報をありがとうございました。そうですか。マレーシアではこんな風景は見られなかったのですか。あちこちで行われていたのだろうと思っていたので、予想外でした。その辺りもこれから少しずつ調べていきたいと思いました。こちらの記事は最後にまとめとして本文の方に転載して、出来るだけ沢山の方に呼んでもらえるようにしたいなあと思っています。
ありがとうございました!
投稿: TOM | 2007年11月15日 (木) 23時23分
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投稿: みんな の プロフィール | 2007年11月21日 (水) 01時44分